大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)99号 判決

原告

石川久

右訴訟代理人弁護士

石井嘉夫

黒須雅博

渡部正郎

被告

飯田橋労働基準監督署長中沢義武

右指定代理人

古谷和彦

石川和雄

伊藤信夫

後藤修

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し、昭和五六年二月二六日付けでした労働者災害補償保険法による補償費五三一万四五七四円の支給決定の取消決定及び同日付けでした同補償費一一〇万二六七一円の支給決定の取消決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五二年一一月当時、西武電機工業株式会社(以下「西武電機」又は単に「会社」という)の板橋工場長の地位にあった者であるが、西武電機(本店は、登記簿上は新宿区中落合一丁目一番一一号にあったが、実際には板橋工場のある板橋区中台一丁目二三番二一号にあった)は、父が代表取締役、長兄が営業部長、次兄が製造部長を務める同族会社であって、親兄弟が中心となって家内工業的色彩の濃い経営を行っていた。

2  原告は、昭和五二年一一月四日午後八時半ころ、会社所有のデリカバンを運転して、取引先である新宿区中井二丁目一六番一号所在の北昇化成産業株式会社(以下「北昇」という)に製品を届けた後、当時原告が最高責任者として開発に取り組んでいた布団乾燥器につき、その開発の見通しや問題点について報告し打合せをするため、右デリカバンを運転して新宿区中落合一丁目一番一一号所在の営業部長宅に向かった。ところが、当日は多忙に紛れて夕食を取っていなかったため、一仕事を終えて急に空腹を感じ、また、タバコも切れていることに気が付いた。そこで、原告は、同日午後九時ころ、北昇から営業部長宅に至る順路上にあり且つその約三〇〇メートル手前の新宿区下落合一丁目一四番六号にある原告の伯母が経営する大安商店に至り、同店前路上に駐車した上で店内に入り、タバコを買い、店頭で一時凌ぎにパン菓子を立ち食いしていた。

3  ところが、同日午後九時一〇分ころ、熊沢三喜夫(以下「熊沢」という)外三名の酔漢が駐車中のデリカバンに近づき、そのうち熊沢が同車に立ち小便をかけ、身体をぶっつけそうになったので、会社所有車が損傷されることを恐れた原告が同人らに注意を与えて店内に戻ったところ、逆に手拳や洋傘などで顔面、頭部を殴打され、更に洋傘で左眼を突き刺されるなどの暴行を受け、その結果、原告は、加療三カ月を要する頭部・顔面の打撲、皮下血腫及び左眼の外傷性紅彩炎、外傷性硝子体出血、続発性緑内障等の傷害(以下「本件災害」という)を受け、左眼の視力は失明に近い〇・〇二にまで低下した。

4  原告は、本件災害は業務上の災害に当たるとして、労働者災害補償保険法に基づき、被告に対し、昭和五三年四月一八日に療養補償給付の、同年七月二日に障害補償一時金・特別支給金の各請求をしたところ、被告は、本件災害を業務上の災害と認め、昭和五三年五月三〇日及び同年六月二九日に療養補償給付合計一一〇万二六七一円を、昭和五四年八月一七日に障害補償一時金四二二万七〇九四円及び特別支給金一〇八万七四八〇円をそれぞれ原告に支払った。

5  しかるに、被告は、昭和五六年二月二六日、実地調査をした結果、本件災害は業務外の災害であることが判明したので支払済の給付金等は過誤払になったとして、前項記載の各支給の根拠となった支給決定をいずれも取り消す旨の決定(以下「本件処分」という)をし、右取消決定書は、同年三月四日原告に送達された。

6  原告は、本件処分を不服として、東京労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが昭和五六年一一月三〇日に棄却されたので、更に労働保険審査会に再審査を請求したが、昭和五九年四月二七日に棄却の裁決がされた。

7  しかし、本件災害当時、原告は、自らデリカバンを運転して製品を北昇に届けた後、営業部長宅を訪れて布団乾燥器の開発につき報告や打合せを行い、更に会社に引き返してデリカバンを返納し、その間これを保管する業務を担当していたもので、本件災害が業務上の事由によるものであることは明らかであるから、本件処分は事実の認定と法の解釈適用を誤った違法なものであり、取り消されるべきである。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1は、西武電機における原告及び親兄弟の地位及びその所在地は認めるが、その余は不知。

2  同2は、原告がデリカバンを運転して北昇に製品を届けたこと、その後、大安商店に立ち寄ったことを認め、その余は不知ないし争う。

3  同3ないし6は認める。

4  同7は争う。

三  抗弁

被告は、療養補償等の支給決定に基づいて原告に支給した金員につき、労働者災害補償保険法一二条の四による求償事務を処理した際、右支給決定の根拠について疑義が生じたので、再調査したところ、本件災害は原告の業務上の事由によるものではないとの結論に達したので、本件処分をしたものである。

その具体的な理由は、次のとおりである。

1  本件災害は、原告が業務を終えた後、私用で伯母宅を訪れた際に発生したもので、原告の行動には業務遂行性がない。このことは、本件災害時に原告と行動を共にしていた原告の妻が、熊沢らに係る刑事事件に関し、事件発生の約二〇日後である昭和五二年一一月二六日、「一一月四日は、主人の実家に行っていたが、午後八時半過ぎころ、主人が伯母の安田道子さんのところに用事があるからというので、主人の運転するデリカバンに乗って伯母の店である大安商店に行った」「用件が済めば自分のマンションに帰る予定でした」と述べていることから、明らかである。原告は、妻を同乗させたのは、駐車禁止区域に一時停車して荷物を降ろす間、車内で見張りさせるためであったというが、原告が製品を届けた北昇付近は、閑静な住宅地で駐車禁止区域にはなっておらず、道路の幅員も自動車のすれちがいの可能な場所であるから、荷降ろしの見張りのために妻を同乗させる必要はない。

2  本件災害が発生した一一月四日、営業部長は、午後七時ころまで、板橋工場と同一建物において残業していたのであるから、仮に開発中の布団乾燥器につき報告、打合せの必要があったとすれば、営業部長としても、原告に対して積極的に接触を図るのが通常と考えられるが、営業部長は、工場長であり製造部長代行を兼務している原告に何らの連絡もしないで退社している。原告も、営業部長宅に行くについて何の連絡も取っていない。原告は、審査段階では、営業部長が不在の場合は、その妻がいるので報告、打合せに支障はないとも述べているが、同女は、西武電機の役員ではなく、何度かアルバイトとして電気製品の組立に関与したことがあるというに止まるから、営業部長不在のときに右のような仕事の報告、打合せができるとは考えられない。

3  仮に、原告が営業部長宅に打合せに赴く予定であったとしても、伯母宅に向かった時点で明白に業務からの逸脱があったから、本件災害は業務遂行中のものとはいえない。すなわち、原告は、北昇から営業部長宅に至る合理的経路を約四〇〇メートル(復路を入れると約八〇〇メートル)も行き過ぎたハヤシ薬局前で交通量の多い新目白通りをUターンして大安商店に至っているのであって、原告が伯母宅に私的用件のあったことが明らかである。原告は、伯母宅に寄ったのは、タバコとパン菓子を買うためで、北昇から大安商店までの間にはタバコとパン菓子を一緒に買うことのできる店は外になかったというが、北昇から営業部長宅に至る経路上には大安商店と同種の店舗が複数存在しており、原告は、これらの店でタバコとパン菓子を買うことが可能であった。

4  本件災害の原因となった喧嘩闘争は、見知らぬ者同士の専ら私的な感情の対立から発生したもので、原告の業務とは全く無縁のものである。すなわち、熊沢らは、大安商店前の路上に駐車中のデリカバンに放尿したのを原告から注意されるとこれを中止し、その後はデリカバンに損傷を与えるような行動はとっておらず、かえって、店の中に入って行き「すみません」といって謝ったのに、原告は、ソッポを向き冷たい態度を示した上、警察を呼ぶような言動をとったことから、喧嘩闘争に至ったもので、本件災害は業務とは関係のないものである。

四  抗弁に対する反論

1  原告の妻が熊沢らの刑事事件に関して述べた目的は、熊沢らの原告に対する暴行傷害の模様を明らかにすることにあって、原告の意図や行動を明らかにするのが目的ではない。このことは、供述調書に北昇に製品を届けた記載が全くないことによって明らかである。また、原告の妻は、原告の業務や行動の全貌を把握する立場にもないから、右供述を根拠として業務災害であるかどうかを判断するのは正当でない。原告は、駐車禁止区域に一時停車して荷物の積卸しをする際に妻を車内に残して見張りさせるために同乗させて出掛けることが時々あり、本件災害の発生した一一月四日も、北昇前路上が狭隘で交差点に近いため他車が来た場合はデリカバンを移動させる必要があることから、妻を同乗させたものである。

2  昭和五二年一一月当時、西武電機は、社運を賭けて布団乾燥器の開発に取り組んでおり、原告は、その最高責任者として、営業部長と常時密接な連絡を取りながらこれを推進していた。ところが、一一月四日は、北昇に納入する製品の製造に忙殺され会社内で営業部長と連絡を取る暇がなかった。しかも、一一月六、七日は会社が休みで、一一月七日には営業部長が大阪に出張することが予定されていたため、一一月四日中に布団乾燥器の開発の見通しや問題点を報告し、種々の打合せをしておく必要があった。原告は、営業部長に事前の連絡を取っていないが、同部長は帰宅後は自宅にいるのが殆どであり、従前も約束なしに訪れたことが度々あった。被告は、原告が営業部長と事前の連絡を取っていないことを根拠にして、営業部長宅を訪れる必要のあったことを否定するが、原告は、伯母に対しても事前の連絡は取っていないのであって、事前の連絡の有無は決め手とはならない。

また、原告が、大安商店において、デリカバンを駐車禁止の車道上に駐車させ、座敷にも上がらず店頭でパン菓子の立ち食いをしていたことは、その後に営業部長宅を訪れる予定があったことの証左である。

3  被告は、原告は北昇から営業部長宅に至る合理的経路を約四〇〇メートルも行き過ぎたハヤシ薬局前でUターンして大安商店に至っているというが、この方が北昇から営業部長宅に至る順路であり且つ安全なのである。被告のいう合理的経路は、交通量が多く信号機もないため、深夜でもない限り右折が極めて困難で時間もかかり、営業部長宅を訪れる者は誰も利用していない。被告は、歩行を前提として地図だけでものをいつているもので、時速四〇キロメートルとして毎秒一一・一一メートル走行する自動車交通の実態(四〇〇メートルを走行するのに約三六秒しかかからない)を無視するものである。仮に、ハヤシ薬局前でUターンすることが順路の逸脱に当たるとしても、会社から北昇、営業部長宅を回って会社に引き返す約二〇キロメートルの行程を前提とした場合には、右程度の逸脱は、距離的にも時間的にも、極めて僅かなものにすぎない。

また、北昇から大安商店に至る経路上にある被告主張の店舗は、当時は閉店しており、現在も夜間営業はしていない。

4  被告が本件災害を喧嘩闘争によるものときめつけているのは、本件処分に対する審査請求における事実認定と対比して、甚だ穏当を欠き、原告に対する故なき中傷である。

第三証拠関係(略)

理由

一  請求の原因1のうち、西武電機における原告及び親兄弟の地位及びその所在地が原告主張のとおりであること、同2のうち、原告が北昇に製品を届けた後、大安商店に立ち寄ったこと及び同3ないし6の事実は、いずれも、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件災害が原告の業務上の事由によるものとはいえないかどうかについて検討する。

1  原告は、昭和五二年一一月当時は西武電機が社運を賭けて布団乾燥器の開発に取り組んでおり、原告は、その最高責任者として、開発の見通しや問題点について営業部長に報告し打合せをするため、新宿区中井二丁目一六番一号所在の北昇に製品を届けた後、同区中落合一丁目一番一一号所在の営業部長宅を訪れる途中で本件災害に遭遇したものであると主張する。

右のうち、北昇に製品を届ける行為が原告の工場長としての業務に属することは、被告も明らかに争わないところであって、関係証拠によっても容易に首肯し得るところである。しかし、原告が北昇に製品を届けた後、布団乾燥器の開発について報告や打合せをするために営業部長宅を訪れる目的を有していたかどうかついては、次に見るように、幾多の疑問がある。

2  本件災害についての審査請求・再審査請求及び本件訴訟の一連の手続きを通して見ると、営業部長宅を訪れる目的に関する原告の主張及び関係者の供述には、大きな変遷がある。

成立に争いのない(書証略)の昭和五二年一二月一二日付け西武電機代表取締役石川賢二の上申書には、原告の行動は、北昇に製品を届けた後、成形機の故障による生産計画の一部変更及び新製品の進捗状況を営業部長に報告するためのものであったとの部分があり、これが、成立に争いのない(書証略)の昭和五二年一一月八日付け第三者行為災害届と共に、当初被告において本件災害を業務上の災害と認定する根拠となったものと解される。しかし、成立に争いのない(書証略)の昭和五五年一〇月一七日付け原告に対する聴取書には、営業部長宅に立ち寄ることにしていたのは、その日の生産予定が遅れていたので、次の生産は何をしたらよいのかを打ち合わせる必要があったためであるというのみで、布団乾燥器には全く触れるところがない反面、成立に争いのない(書証略)の昭和五五年一一月一三日付け原告に対する聴取書には、営業部長宅を訪れる緊急な用件として、新たに布団乾燥器の製作を始めたため多忙な時期で何かと問題があって報告相談することがあり、また、機械の故障による生産予定の打合せをする必要があったと述べた部分がある。これに対し、成立に争いのない(書証略)の昭和五六年四月二八日付け審査請求書、(書証略)の昭和五七年一月二九日付け再審査請求書、(書証略)の昭和五八年九月一六日付け再審査請求の意見書及び(書証略)の昭和五八年九月一六日付け再審査請求事件の審理調書には、いずれも、一一月七日から売込みを開始する予定の布団乾燥器について、試作品製造の進捗状況を報告し打合せをすると共に、成形機の故障に関連した製品の製造状況を報告し、成形機の買換え等の今後の対策を打ち合わせる必要があったと主張した部分がある。

ところが、本件訴訟では、原告は、布団乾燥機につき開発の見通しや問題点を報告し打ち合わせる必要があったと主張するのみで、成形機の故障に関連した報告や打合せをする必要があったことについては触れておらず、(人証略)及び原告本人尋問の結果中にも、布団乾燥機に関する部分があるのみで、しかも、布団乾燥器の試作品の製造が予定よりかなり遅れていたため、昭和五二年九月から開始していた予約販売について売込み先からクレームが出始めており、原告は営業部長から厳しく督促されていたと述べた部分がある。

右のように、原告が営業部長宅を訪れる目的に関する主張や供述は、時と共に変化し、その内容も、本件訴訟における原告の主張とは異なり、布団乾燥器には全く触れていないものや触れていても趣旨が著しく異なるものがある反面、成形機の買換えとかその故障に伴う今後の生産予定のように、必ずしも緊急性がないか又は工場長である原告の専権に属すると見られるものなども含まれており、かなり曖昧である。

3  原告は、本件災害当日は会社内で報告し打合せをする時間がなく、夜間に営業部長宅を訪れる必要があったと主張するが、当日の出来事や営業部長の行動に照らして見ると、次のような疑問がある。

(人証略)と原告本人尋問の結果によれば、昭和五二年一一月四日は、営業部長の主宰で所課長を集めた営業会議が終日開かれ、原告もこれに出席して布団乾燥器の開発に関する報告をすることが予定されていたが、成形機が故障して北昇に届ける製品の製造に時間がかかったため会議に出席することが不可能となったというのである。もっとも、審査段階における(書証略)には、当日に営業会議が開かれたことに触れた部分がなく、この点の真偽は問題であるが、それはさて置くとしても、右各供述によれば、布団乾燥器は西武電機が社運を賭けて開発に取り組んでいたもので、しかも、既に同年九月から予約販売を開始していたが製品の完成が遅れて売込み先からクレームが出始めており、一一月五、六日の会社の休日が明けた一一月七日には、営業部長が発売遅延の問題で大阪に出張する予定であったため、必ず一一月四日のうちに原告が営業部長に直接会って事情を説明する必要があったというのである。

しかし、右各供述のとおりだとすれば、一一月四日のうちに直接に会って打合せをする必要性は、原告よりも営業部長の方がより大きいものがあるといわざるを得ないから、営業部長としては、成形機の故障のために忙殺されている原告を会社に残って待ち受けるか、そうでなければ、仕事の終了次第に連絡をするように原告に指示するなどして、一時も早く報告を受け打合せをすることができるように積極的に対応するのが当然というべきである。まして、原告が主張するように、西武電機では、親兄弟が中心となって家内工業的色彩の濃い経営を行っていたものとすれば、営業部長であるからといって成形機の故障による製造の遅れを傍観することはできない筈であって、むしろ、原告を手助けして製造の遅れを取り戻すのに協力する必要があるとすらいうべきである。しかるに、右各供述によれば、営業部長は、会議の途中では原告に出席の催促をしながら、会議終了後は、原告の仕事を手伝うことはおろか、会社に残ってその終了を待ち受けることも、また、終了後の連絡を指示することもないまま帰宅したというのであって、このような営業部長の態度は、当日中に会って報告を受け打合せをしなければならない懸案を抱えた要職者としては誠に不可解というほかはない。

4  本件災害当日、原告が会社と同じ場所にある社長宅に来ていた妻の石川広子をデリカバンに同乗させて会社を出発していることは、その自認するところであるが、その目的、事情についても、不自然なところがある。

原告は、この点について、製品の届け先である北昇前の路上が駐車禁止区域であるため、製品の荷降ろし中に車に乗っていて見張りをさせる必要があったからであると主張する。そして、(証拠略)及び原告本人尋問の結果中には、右主張に沿う部分があり、これが事実とすれば、妻を同乗させて出発したからといって、製品を北昇に届けることとは別に、当初から夫婦だけの私的な目的があったのではないかとの疑問は回避し得ることになる。しかし、(書証略)には、新婚間もなくで懇請されて同乗を許したとの部分があり、また、(書証略)中には、寂しいから乗せたとの部分があるのみで、いずれにも見張りに触れた部分はなく、これとの関係で見ると、実際に見張りのためであったかどうかには疑問がある。

ところで、成立に争いのない(書証略)によれば、北昇前路上は、道路の幅員は四・八メートルであることが認められるから、ここに原告本人尋問の結果によって車幅が約一・五メートルあることが認められるデリカバンを駐車させると、残りは三・三メートルしかないことになるので、道路交通法四五条二項本文による駐車禁止区域に当たることになるかのようである。しかし、同条二項ただし書によると、「貨物の積卸しを行なう場合で運転者がその車両を離れないとき、若しくは運転者がその車両を離れたが直ちに運転に従事することができる状態にあるとき……は、この限りでない」ことになっているので、原告による製品の荷降ろしのための駐車(原告本人尋問の結果によると、荷降ろしの時間は一〇分程度であるという)は、必ずしも禁止されていない可能性がある。少なくとも、北昇前道路は、他車が来た場合にはその都度デリガバンを移動させなければならない程の狭隘な状況にはなかったことが明らかである。また、原告は、駐車禁止区で荷物の積卸しをする場合には、従来にも見張りのために妻を同乗させたことがあるとして、日頃から交通法規の遵守を徹底していたかのような主張をする。しかし、原告は、駐車禁止区域で荷物の積卸しをする場合には、常に見張りを同乗させていた訳ではないことがその主張自体によって明らかであるし、(人証略)と原告本人尋問の結果によれば、本件災害のあった大安商店前道路は駐車禁止区域であるところ、同所では、単にパン菓子とタバコを買うという短時間の駐車にも拘らず、原告だけでなく妻も一緒に下車して大安商店に立ち寄り、そこで本件災害が発生するまでの約一〇分間を過ごしていることが認められるのであって、北昇前と比較して駐車禁止区域における対応に一貫性を欠くところがある。

右のことは、原告が妻を同乗させて会社を出発した目的に不自然なところがあることを意味するもので、成立に争いのない(書証略)(石川広子の警察官に対する供述調書)中に、「一一月四日は、この主人の実家に行っておりましたが、午後八時半過ぎころ、主人は伯母の安田道子さんのところに用事があるからというので、主人の運転するデリカのライトバンに乗って伯母の店である屋号大安に行ったのです」「用件が済めば自分のマンションに帰る予定でした」と述べた部分のあることが注目される。原告は、右供述の目的は、熊沢らの原告に対する暴行傷害の模様を明らかにすることにあり、原告の意図や行動を明らかにするのが目的ではなく(このことは、供述調書に北昇に製品を届けた記載が全くないことによって明らかである)、また、原告の妻は、原告の行動の全貌を把握する立場にもないから、右供述を根拠として業務災害であるかどうかを判断するのは正当でないと強調する。

そして、成立に争いのない(書証略)の石川広子の上申書及び(人証略)の証言中には、原告から伯母の安田道子さんのところに用事があるからといわれて一緒に会社を出たのではなく、北昇に製品を届けに行くので荷降ろしの間見ていてくれといわれて出掛けたもので、伯母のところに行くといわれたのは荷降ろしが終わって車が動き出してからであり、また、用件が済めば自分のマンションに帰る予定であるといったのは、原告から伯母のところに行った後のことは何も聞いていなかったからであると述べた部分がある。確かに、石川広子が警察官に対して供述した目的が熊沢らの暴行傷害の模様を明らかにすることにあることは、原告主張のとおりであるが、前段で見たところを併せ勘案すると、右引用の供述部分は、会社出発の際に原告からいわれた行き先及びその後の予定に関する妻の認識を端的に表現したものとして、その信用性は決して小さくないというべきである。北昇に製品を届けることが述べられていないのは、原告の主張とは異なり、むしろ、それが車に乗って一緒に出掛ける際の動機とはなっていないこと、すなわち、見張りのために同乗したものではないことの表れであって、出発の当初から夫婦だけの私的な目的があったことを意味すると解するのが相当である。

5  ところで、原告本人尋問の結果中には、(人証略)の右証言と符節を合わせるように、原告は、大安商店に行くことは北昇で製品を降ろした後で初めていったもので、会社を出発する時点ではいっておらず、また、営業部長宅に行くことは大安商店に行くまでの間にも話していないと述べ、それが次の行き先はその場になってからしか語らない原告の性格的特徴に合っているかのように述べた部分がある。

しかし、右本人尋問の結果にあるように、原告は、当初から、北昇に製品を届けた後で営業部長宅に行く予定であったが、北昇で製品を降ろした後で空腹を感じたため、急に大安商店に立ち寄ることを思いついたというのであれば、原告としては、途中で当初の予定を一部変更したことになるから、少なくとも、北昇から大安商店に向かって走行している車の中では、この次は営業部長宅に行くがその前に大安商店に寄って行くことを何らかの形で話題にするのが通常であり、まして、新婚間もなくで側に置きたかったと自認する(原告は、本人尋問における裁判官の質問に対して、妻を同乗させたのは、新婚なので側に連れて行きたいということは一番のメインであると答えている)ほどに親密な間柄にあった原告夫婦の場合には尚更というべきであって、それにも拘らず営業部長宅に行くことを話していないことは、そもそも、そのような目的が存在しなかった可能性を強めるものである。

6  原告は、大安商店に立ち寄ることは北昇に製品を届けた後に初めて思いついたものであるとして、本件災害を受けた当日は、多忙に紛れて夕食を取っていなかったため北昇で一仕事を終えて急に空腹を感じ、また、タバコも切れていることに気付いたので、タバコを買い、一時凌ぎにパン菓子を立ち食いするためであった旨を主張し、原告本人尋問の結果中には、右主張に符合する部分がある。

しかし、一時凌ぎに空腹を満たすためだけであれば、営業部長宅で目的を達することが不可能ではないし(タバコも、銘柄は別として、幾らかの買い置きのあるのが普通であろう)、何といっても、原告には、営業部長宅を訪れる重要な目的があり、しかも、原告本人尋問の結果によれば、そのための事前の連絡も取っていないばかりでなく、大安商店に到着したのは午後九時ころで、営業部長宅での用件は小一時間を要することが見込まれ、また、翌日は営業部長が接待ゴルフに出掛ける予定であることも知っており、更に営業部長宅での打合せ後デリカバンを会社まで送り返す予定であったというのであるから、このような事情に照らせば、先ずもって営業部長宅に直行するのが当然というべきである。しかるに、原告は、北昇に製品を届けた後に営業部長宅に直行することなく、同部長宅を通り過ぎたところにある大安商店に立ち寄っているのであって、このことは、営業部長宅を訪れる目的のあったことに疑問を抱かせるに足りるものである。

なお、原告は、大安商店において、デリカバンを駐車禁止の車道上に駐車させ、座敷にも上がらず店頭でパン菓子を立ち食いしていたことは、その後に営業部長宅を訪れる予定があったことの証左であると主張するが、いずれも、大安商店での滞在が長時間の予定ではなかったことを示す事情とはなり得ても、その後の行き先きまでを伺わせる根拠とはなり得ない。

7  原告は、大安商店に立ち寄ったことに関して、新宿区中井二丁目一六番一号所在の北昇から同区中落合一丁目一番一一号所在の営業部長宅に至るには、同区下落合一丁目一四番六号所在の大安商店前を通るのが順路であると主張する。

そして、(人証略)中には、北昇から新目白通りに当たる道路を東進して営業部長宅の近くにある小さな路地を右折するのが距離的には一番近いが、事情を知っている者は、その次の信号機のある交差点(これが下落合駅前交差点に当たる)を右折するか更に直進して中央分離帯の切れた地点(これがハヤシ薬局前に当たる)でUターンするのが普通であると述べた部分があり、原告本人尋問の結果中にも、山の手通りから新目白通りに来て横断歩道橋((書証略)の表示に基づいて「横断歩道」と述べているが、同号証の写真に照らすと、右表示自体が「横断歩道橋」の誤記であると認める)のところでUターンして下落合駅前交差点を左折することが多いが、大安商店に寄ったり寄らなかったりというのが通常のパターンであると述べた部分がある。

しかし、大安商店に立ち寄ったことに関しては、(書証略)中に、会社から北昇と営業部長宅を回って再び会社に引き返す往復約二〇キロメートルの業務行程において順路を僅か三〇〇メートル離れたからといって不自然とはいえないとし、また、(書証略)中に、営業部長宅に行くには入り方が二つあり、いずれも順路であるが、一つの順路を取ると逸脱は一〇〇メートル前後しかないとして、いずれにおいても順路から外れていたことを当然の前提とする部分があって、このような審査段階での主張との関係で見ると、ハヤシ薬局前でUターンするのが北昇から営業部長宅に至る順路であるといえるかどうかには疑問がある。また、原告は、営業部長宅の近くにある小さな路地を右折するのは、反対方向から来る車があって危険であると主張するが、危険の度合いはハヤシ薬局前でUターンする場合にも殆ど変わらないと考えられるし、(書証略)によれば、大安商店よりも約一一五メートル手前の地点には、信号機の設置された下落合駅前交差点があって、安全に右折し又はUターンすることが可能であることが認められるから、少なくとも右交差点を利用するのが最も合理的であって順路に当たるというべきである。

そうすると、原告は、北昇に製品を届けた後に営業部長宅に直行することなく、同部長宅への順路を約一一五メートル(往復で約二三〇メートル)外れて大安商店に至ったことになるのであって、このことも、営業部長宅を訪れる目的の存在に疑問を抱かせる事情の一つというべきである。原告は、会社から北昇、営業部長宅を回って会社に引き返す約二〇キロメートルの行程を前提とした上で、距離的にも時間的にも僅かの離脱であることを主張するが、本件では、営業部長宅を訪れる目的そのものの存否が問題となっているのであるから、営業部長宅に至る順路を外れていないかどうかは、右目的の有無を決する上で看過することができない要素である。

8  以上に見たところを総合すると、原告が、北昇に製品を届けた後、布団乾燥器の開発に関して報告し打合せをするために営業部長宅を訪れる目的があったと認めることはできず、かえって、北昇に製品を届けた後は妻と一緒に大安商店に立ち寄るという業務とは関係のない私的な目的を持っていたもので、このことは、会社を出発する時点で妻に話しており、妻もこれを了承して同乗したものと解するのが相当である。また、成立に争いのない(証拠略)によれば、大安商店は北昇に製品を届けてそのまま会社に帰る際の順路からは外れた場所に位置していることが認められるから、本件災害当時は、原告が北昇から会社に帰る途中であったということもできない。

したがって、本件災害は、原告の業務とは関係がないものといわざるを得ない。

9  なお、原告は、会社までデリカバンを送り返し、その間これを保管することも原告の業務に属すると主張する。そして、原告本人尋問の結果中には、右主張に沿い、且つ、原告は、本件災害当日は、会社の営業部が管理しているデリカバンを借りたもので、翌日は展示会のために使用することが予定されていたため、その日のうちに会社まで送り返しておく必要があったと述べた部分がある。

しかし、原告が担当していた業務は、製品を北昇に届けることであって、デリカバンはそのための手段として使用していたに止まるから、仮にその保管が業務に含まれるとしても、それは、製品を北昇に届けて会社に引き返す順路内にある場合に限られるものというべきである。そうでないと、自動車を使用する業務においては、いかなる場所及び目的で使用しているときでも、その保管は常に業務に含まれることになって不合理だからである。そして、本件災害がデリカバンを右の順路から外れて業務以外の目的で使用している時に発生したものであることは、前述のとおりであるから、いずれにせよ、本件災害に業務起因性があるとはいえない。

三  よって、本件災害は原告の業務上の事由によるものではないから、被告がした本件処分は正当であって、その取消を求める原告の請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田豊 裁判官 新堀亮一 裁判官 田村真)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例